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2018.01.26 Friday

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    イズレイト・ディスコ (22)

    2018.01.18 Thursday

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       文藝部のドアの前について、伊豆は鍵がかかっていないことに気づく。誰かが、中にいる。

       ドアノブをひねる。軋む音がする。窓に背を向けて、ドアの方に顔を向けて、来訪者と向き合えるような体勢。作業はやめないが、顔だけは伊豆の方へ向けた。それが彼女の仕事であるから当然か。伊豆はそう思った。

      「中野」

       伊豆玲斗は、パソコンをゆっくりと叩く中野の名前を呼んだ。中野が微笑む。部長としての顔。自分はやれと言われてもできないだろうなと伊豆は感心する。平井の姿はそこにはなかった。しかし、伊豆は昨日、中野を尋ねていた。しかし、女子部員たちしかいなかった。それなりに有益な情報は得られたが、彼女との話がついていない。

      「話がある」

       伊豆は中野の正面に座る。

      「命令形なのね。私がやめられない作業をしていたら、どうするつもりかしら?」

      「やめられない作業なのか?」

       中野は微笑みを崩さず、ゆっくりと首を振る。

      「いいえ、問題ないわ。……伊豆くんらしいわね。作業中だろうと何だろうと、問答無用で自分に合わせさせる。自分が話をしたい時は、相手の都合はお構いなし。相手のことを考えることに慣れてないのか、それとも、あえて考えないようにしているのか……」

      「珍しいな。お前が面と向かって人の悪口とは」

      「悪口じゃないわ。さっきから私が口にしているのは、事実と推測だけ。評価や価値判断は伴っていない。いいとか悪いとか、そういう話じゃないわ。あくまでも、伊豆玲斗くん、あなた自体の話をしているの。あなたのことを怖いと思う人もいるだろうし、嫌な人だと思う人もいる。けどそれはあなた自体に価値が伴っているからじゃない。あなたも物語を書く身ならわかるでしょう? いい作品、悪い作品。それはそういう作品があるというわけじゃない。あるのはいい評価と悪い評価、それだけ……」

      「それで中野は、俺に悪い評価をつけているわけだ?」

       伊豆は冷たく笑う。中野も珍しく、彼と同じような、冷ややかな――しかし寂しそうな笑みを浮かべた。

      「あなたは、そうね……。いい人だと思うわ、私は」

       よく言うぜ。伊豆は思う。自分のいい評価をつける人間がいるとすれば、それは楓くらいのものだ。中野はそこまで壊れちゃいない。

       伊豆は目を瞑り、咳をする。話を本題に戻すという合図。中野もそれを理解し、座り直す。

      「聞きたいことはシンプルだ。最近、誰かに嘘をついた覚えはないか?」

       中野は首を振る。伊豆は鋭く続けた。

      「今のが、まさに嘘だ。お前は嘘をついただろう? 嘘をついたのに、嘘をついてないと主張した。嘘に嘘を重ねた」

      「私が誰に嘘をついたと思うの?」

       中野は楽しげに笑った。探偵気分になっているのか、それとも、問い詰められる容疑者の気分になっているのか。

      「楓と、水出だ」

      「なるほどね……。彼らから何を聞いたの?」

      「お前が物語をかけていないという話だ。自分で考えた創作のストックを、ネタの浮かばない部員に提供して、彼女らがそれを書いてしまうため、自分が書くネタがなくなってしまう。加えて、自分は編集作業ばかりしているから、書く時間が取れない」

      「そうね。でも、最近は取れてるのよ、書く時間」

      「俺が問い詰めたいのはそこじゃない。ひとつめの話が嘘だということだ」

      「ひとつめ?」

      「部員にネタを提供しているという話だ。俺は昨日ここに来た。楓たちから話を聞いたあと、話を信じられなかった俺は、お前を探した。しかしお前はいなかった。代わりに、ずいぶんと久しぶりに見た他の部員たちがトランプをしていた。そいつらに聞いてみても、自分で書いた話は自分で書いているという答えが返ってきただけ……。提供を受けたなんて、誰ひとり言わなかった」

      「それだけで私が嘘をついていると思ったわけね? 伊豆くんにしては甘いんじゃないかしら。彼女たちが嘘をついていることだって、十分に考えられるじゃない。誰かからネタをもらって、それを元に執筆をしている。それを疑われたら、仮に本当だとしても、否定するものじゃないかしら? プライドというものがあるのなら。……まあ、プライドのある人が、そもそもネタをもらおうなんて、思わないはずなのだけれど」

       伊豆は、中野が物語を執筆している場面を見たことがあった。仮に提供が本当のことだとしても、そっちばかりは譲れない。

       ネタの提供については、両者の意見が食い違うということがありうる。中野の言うように、本当にネタをもらっていたとしたら、それを素直に認める部員がいるとは思えない。あるいは逆に、中野はネタを提供したと好きなだけ嘘をつくことができる。その目的がどこにあるのか伊豆にはわからなかったが、提供していないのに自分が渡したと言い張ることはできる。立場の違うものがふたつ以上あって、どちらかが必ず嘘をつく。

       しかし中野の執筆については、異なる立場があるわけではない。今のところ中野の執筆場面を見たのは伊豆だけであるから、誰かが嘘をついているというわけではない。ついているとすれば中野か、対立する伊豆だけである。そして伊豆は、実際に彼女の執筆の場面を見ていた。彼女が嘘をついていると断定できるのは、そこであった。

       だが、既に伊豆が中野に言ったように、書いているのに書いてないと主張することの意味は、伊豆にとってそこまで重くないように感じられた。重要なのは嘘であると断定できるかどうかではない。嘘をつくことに何の意味があるのかということだ。ひとりで嘘をつくのではなく、誰かの意見と食い違ってまで嘘をつく、その必要性が問題だった。

       中野の言う通り、ネタの提供があったならば、もらった部員側には嘘をつく理由がある。しかし中野には、ネタを提供したと嘘をつくことのメリットがなかった。中野はその嘘によって、何かを守れるということはないのである。むしろ、実際にいる部員、真実と対立してしまうことで、失うものがあるだろう。

       伊豆は頭を働かせていた。推理小説を読んでいるような気分であったが、それよりも、苛立ちが勝った。読書中は物語の世界から離れて事実を見ることができるが、今の彼は当事者。時間を遡ることはできない。何があったのかは、直接誰かから聞かなければならない。そしてその誰かは、嘘をついているかもしれない。登場人物が嘘をついていると言うことは十分にありうるだろう。しかしそれは、ストーリーの進行に伴ってだんだんと明らかになっていく。最終的には暴かれる。いや、そうとも限らない。解釈自体を読者に投げるような物語も……。

       ため息をつく。頭を振る。ここは物語じゃない。伊豆はそう言い聞かせた。考えるよりも、聞かなければならない。

      「部員が何人か辞めたという話を聞いた。それについてはどうだ?」

       中野の表情は動かない。薄い笑顔を浮かべたまま、伊豆をまっすぐに見つめていた。答えが返ってこないことに、伊豆は苛立つ。

      「これも女子部員から聞いた話だ。昨日会ったのは3人。今文藝部にいるのは、その3人と、俺とお前。全員で5人。これは嘘か?」

      「誰も辞めてないわ」

       中野は目を閉じて笑う。

       随分と面倒だな。伊豆は思った。

      「困ったわね、伊豆くん」

       中野の言葉に、伊豆は顔を上げる。

      「ネタの提供については、立場の食い違う人がいて、それぞれが嘘をついているかもしれなかった。けれど嘘をつくことによるメリットやデメリットを考えると、どちらか一方には嘘をつく必要性がないことに気づくことができる。だからきっと今、伊豆くんは私のことを信用してくれてるんじゃないかしら。私が、提供してないのにネタを渡したなんて主張する意味がないもの。それに対して、部員が辞めたか辞めてないかっていうのは、嘘をつく人たちの利害を含んでいるように見えないから、メリットとデメリットを考えることが難しい。人数が足りないと同好会に降格させるぞと脅されて、誰も辞めてませんと言い張るのとはわけが違う。外部からの脅しがあったのなら嘘をつく意味があるけれど、内部の人間、関係者である伊豆くんに嘘をつく理由がない。だから推理ができない。今の伊豆くんはそんな状況に陥っている。違うかしら?」

       伊豆の顔が曇る。

       その通りであった。しかし、なぜ。なぜ中野は、自分の考えていることがわかるのだろうか。伊豆は頭を抱えたくなった。しかし、抱えるわけにもいかない。そんなポーズを取ったら、それこそ中野の思うつぼなのではないだろうか。なぜ彼女は笑っていられる? 嘘を隠しているからか。いや、真実をいっている可能性だってある。それなのに自分が疑われているという状況で、なぜ彼女は笑っていられるのだ。

       中野は間違いなく、この状況を楽しんでいる。伊豆はそう感じた。探偵、犯人、被害者、どの立場かはわからないが、何かしらの立場に立って、中野は現在のこの状況を、堪能している。

      「探偵でも犯人でも、被害者でもないわ」

       伊豆の考えていることがわかっている。そのような口振りで中野は言った。伊豆はこれ以上、驚きを表情に出さないようにする。既に相手の思うつぼなのだ。相手の仕掛けたトリックに、伊豆が今、まんまと引っかかっている。あがくことはせず、ただ情報の真偽を判定していけばいい。

      「なら、お前は今どの立場から、この事件を楽しんでいるんだ?」

       事件というほどのことでもない。ネタが提供されているのか、文藝部の人数が減っているのか。その程度の規模のイベントでしかない。問題なのは、その意図。

       謎の喪失感に悩まされ、創作のおもしろさを感じなくなってきている伊豆にとって、文藝部に在籍する意義は薄くなっていた。その中で起きた、このイベント。中野に意図がなかったとしても、伊豆はこの事件を、意味のあるものにしなければならなかった。楓遊音、水出穂乃。これまで出会うことのなかったふたりの人間。彼らと出会ってから、文藝部が変わり始めた。

       中野は答える。

      「探偵でも、犯人でも、被害者でも、オーディエンスでもない。今の私は、ただの文藝部部長よ」

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