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2018.01.26 Friday

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    イズレイト・ディスコ (23)

    2018.01.19 Friday

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       図書館の方へ走り、楓は平井らしい姿を見た。俺があたりを引いてよかったぜ。小さく呟き、楓はスマートフォンを取り出す。伊豆に連絡しようとするが、平井の近くにもうひとり誰かが立っているのに気づいて、スマホをしまい、走る速度を上げた。

      「このメモ、あなたのものじゃないよね?」

       小さいシルエット。水出だ。水出が、平井に声をかけている。メモ? 平井が持っていたメモの話だろうか。疑問は浮かぶ。しかし自問自答するよりも、直接会話に入り込んだ方が、都合がよかった。

      「よう、邪魔するぜ。なんだか面白そうだったんでな」

       水出と平井が楓を見る。楓は呼吸を整えながら、にへらと笑って話に加わろうとした。

      「メモがなんだって、水出さん? 途中から来たお兄さんにもわかるように、説明してくれると嬉しいぜ」

       平井は混乱している。突然女が現われ、更に楓まで走ってきたのだ。ふたりはどのような関係なのか。あるいは、まったくの無関係なのか。

       静かに困惑している平井をよそに、水出は楓の質問に答える。

      「伊豆くんの残り香を辿ってきたら、ここに着いたの。伊豆くん、メモをなくしたって、いってたから」

      「残り香?」

       楓は小さくこぼすが、水出には聞こえていなかった。視界の端にいる平井も、その言葉にふと顔を上げたが、しばらくしてまた下を向いて眉をひそめる。

      「そうか……。これは、伊豆くんのものだったんですね……」

       苦しそうに平井は言った。

       状況が飲み込めない楓は、平井から十分な情報を引き出すために、彼に問いを投げかける。

      「それが伊豆のものかどうかはあいつに直接聞くとして……。平井、そのメモは、お前のものなのか? そのメモの内容は、お前が考えたものなのか?」

       しばらく沈黙があって、平井はゆっくりと首を振った。

      「いいえ。これは、僕のものではありません。……誰のものかはわかりません。けど、僕のものではない。これは、間違いありません」

       

      「このメモは、いったいどこから手に入れたんだ?」

       楓は平井に問う。メモは今、水出が持っていた。大事そうに、両手に挟んでいる。普段よりも楽しそうな水出につっこみはいれず、楓は平井とのやりとりに集中することにした。

      「文藝部の部室です。たしか、月曜日だったと思います。中野さんのところに話を聞きにいったら、床に落ちていて……。僕はそのとき、まったく創作のネタが思い浮かんでなかったから、贈り物か何かだと思ってました。それ以前には、見たことなかったんです。文藝部には色々な本がありますが、床に何かが転がっているということはなかった。だから、目立ったんです」

       誰かが執筆を諦めたネタ帳であれば、そのまま平井が書いてしまってもよかっただろう。しかしこのメモは、現在誰かがそれをもとに執筆しているものである。

       楓は言った。

      「伊豆が今話を書いてるんだ。春に出すんだと思うが、そのもとになってるのが、このメモだったらしい。月曜に失くしたって言ってたからな。間違いないだろう」

       楓は水出の方を振り返る。

      「水出。伊豆が今、文藝部の部室にいるはずだ。いなかったら、まあ、その近くにいると思う。そのメモ、見せてやってくれないか。あいつのかどうか、判定してもらわないと」

       水出は頷いて、駆け足でふたりのもとを去った。楓と平井が残される。

      「さて、本当に、伊豆のものだとは考えてなかったわけだ?」

       楓が尋ねると、平井はこくりと頷いた。

      「そもそも、誰かのネタをもとに、自分で書こうと思ったのが間違いだったんです。すみません」

      「俺に謝られても。困ってるのは伊豆だしな。あとであいつに謝っておけ」

      「自力で、自分で考えて、それを認めてもらわなきゃいけなかったのに、逃げるように、誰かのメモで、話を書こうだなんて……。でも僕には、自力で書く、その自力がないんです。本当に、本当に書けないんです。思いつく力がない。いつまで経っても書けない。そんなときに……」

       楓は文藝部員ではなかった。平井は、拾ったメモをもとに、誰かが既に物語を書いているとは思わなかったのだろう。

      「読者の目線になっちまってるって話を伊豆がしていたが、まさにお前は、読者だったんだな」

       平井は力なく頷く。

      「盗作、みたいなものですよね。人の考えたネタで――」

      「でも、それは……」

       今の文藝部も、同じなのではないか。楓は言いかけた言葉を飲み込む。平井には既に話をしていた。平井も、続く言葉を察して、黙り込む。

       中野の言葉が真実であれば、伊豆以外の文藝部員は中野からネタをもらって執筆している。中野の言葉を疑っているのは伊豆だけであった。楓と平井は、文藝部の実態を、中野の言葉通りに受け止めている。

       幸い、伊豆の作品はまだ公表されていない。平井が伊豆のメモから話を作ろうとしたのは、まだ誰にも知られていない。

      「水出がお前のことを伝えていなければの話だがな」

       楓はぽつりと呟いた。

      「やり直せばまだどうにかなる。中野さんの話が本当だとしたら、ほとんどの文藝部員が、お前と同じことをやってるってわけだ。当人から許可を得ているかどうかに差があるだけで、な。話を書く大変さはわかってるだろうし、思いつかなきゃならない辛さもわかってくれるだろう。なんなら、書く側じゃなくて、編集する側で在籍できないか、聞いてみるのも手じゃねぇか? ちょうど中野さんも、編集作業に追われてるみたいだしな。分業ってか、手分けってか。得意な分野、苦手な分野、みんなで分ければいいと思うけどね、俺は」

      「でも、入部テストはどうしたらいいんですか? 入部後に編集作業を専門にやれたとしても、入れないことには……」

      「ひとつの方法としては、このまま伊豆のメモから作った話を中野さんに出してしまうってのがあるな。メモがあるとはいえ、伊豆の考えたもの全てが記されてるわけじゃない。伊豆の構想の断片を拾っただけ。最終形は全然違う形になるかもしれない。同じ部分は大いにあっても、最後には違う作品になる可能性だってある。とはいえ……」

       楓が黙ると、平井はゆっくりと首を振った。こうなった以上平井には、伊豆のメモからの創作を続ける気にはなれない。

      「別の話を書かなければなりません。最初から、やり直しです。でもいったい、どんな話を書けばいいんでしょうか? 他人の考えたアイデアから話を紡ぐことですら難しかったのに、最初から考えることができなかったのに、この、今の状態から……」

       平井は完全に、創作に対する意欲を失っていた。

       沈黙。楓は考える。気の利いたひとこと。平井がそもそも入部を諦めるという考えにならないような、気の利いた、前向きなひとこと。月曜日からはじまった、一連の出来事を無駄にしないような提案。

       楓はにやりとして、顔を上げる。平井も合わせて顔を上げた。目が合う。平井は不安そうな顔のままだった。

      「こういう話を書いてみるってのはどうだい?」

       

       楓と平井は、座って作業を開始した。

      「これなら、ある意味実体験っていうか、なんていうか。俺は入部しないけど、俺と平井の合作みたいなものだと思って出してくれりゃいいよ」

       平井はキーを叩きながら首を振る。

      「いいえ。楓くんの協力はいりません。……いや、応援してくれるのは、全然嬉しい。でも、やっぱり考えるのは、自分で。書くのも、自分で」

      「俺は結局何も思い浮かばなかったからな……」

       楓はため息を吐く。

      「偶然とはいえ、平井の書き途中だったとはいえ、俺は結局、伊豆の考えた話を見てしまったってわけか。ああ、くっそ。絶対あとで文句言われるよな……」

      「どうかしたんですか?」

      「そもそも伊豆がメモを探してたのは、メモがないと書けないからってわけじゃないんだ。いや、メモがないからここのところ執筆は止まってたんだが……。誰かがメモを拾ったら、次に伊豆が――少なくとも誰かが、こういう話を書こうとしているんだなってのが、拾ったやつにバレちまうのが嫌だったらしい。メモがなくても、改めて話の続きを考えることもできたが、それだとオリジナルのメモを拾ったやつに比較されちまう。だから見つけなきゃならなかった。誰かが中身を見る前に、な。……実際、誰かに拾われて、偶然俺もその中身を知っちまったわけだが」

       平井の顔がやや暗くなったのに気づき、楓は話題を変えようと試みる。

      「まあ伊豆自体、今回の話は誰かから聞いた実体験を元に書いてるみたいだからな。原作つきっていうか、原案があるっていうか、モデルがあるって感じ。じゃなきゃ、あいつが恋愛モノなんて書こうとしないだろ?」

       楓が笑い、平井も合わせて笑う。無理に合わせた笑顔。しかし、それでいい。楓は思った。無理矢理でも笑っていれば、受け止める姿勢はできる。辛い事実が目の前にあっても、すぐ先に見えたとしても、目をつぶっては意味がない。いつかぶつからなければならないもの。対峙しなければならないもの。笑ったままぶつかって吹き飛ばされても、おかしくておかしくて仕方がなくて、笑えるかもしれない。無理して笑ってるということ自体が、おかしくて笑えてくるかもしれない。

       笑う門には福来たる。楓は少しこの言葉に違和感を感じていた。笑っていても福は来ない。来るのはあくまでも辛い事実だけ。将来を見据えれば明るい話が来るかもしれないが、今は厳しい現実と向き合わなければならない。それでも笑っていれば、現実を笑うことはできなくても、自分自身の滑稽さに笑うことができる。現実に打ちのめされる自分の間抜けなさま。それに笑うことができる。

      「でも僕、中野さんのこと、素敵な女性だなって思うんです」

       突然の平井の告白に楓は驚いた。しかし、バカにするように笑うことはしない。相手を認める、笑顔。

      「じゃ、入部後は実体験を元に、今度こそ恋愛小説を書いてもらおうかな。シリーズ化するといいかもしれないな。ネタが尽きないだろうし」

      「そうですね。ちゃんと自分で考えて書けば、中野さんの迷惑になることは、絶対ない。……これ、私のことじゃん、みたいに、怒られることはあるかもしれないですけど」

       ふたりは笑う。

      「あらかじめ許可は取っておいた方がいいかもしれないな」

      「恋愛小説のモデルになってもらう許可、ですか。なかなか、勇気がいりますね」

       懐かしいやり取り。楓はデジャブを感じ、それがいつの出来事だったかを思い出そうとする。そこまで前のことじゃなかった気がする。そう、今週の、どこか――。

       月曜日。伊豆玲斗と出会った日。

       幼なじみがいるという話をしたあとの、伊豆の反応。

      「どうだ、俺の創作のネタになるっていうのは?」

       目の前の現実から逃げない。そのために、無様な自分を笑う準備をしておく。楓は、自分が逃げていることに気づいた。

      「俺の話は、恋愛モノというよりコメディーだな。コメディーが書きたくなったら教えてくれよ。ネタは豊富だから」

       富木智香。楓の幼なじみ。彼女から距離を取るために、楓はこれまでとは違った人々との縁をつくろうとした。それが伊豆玲斗で、図らずも、水出という知り合いもできた。

       逃げている場合ではない。この出会いを、きっかけにしなければならない。そもそも楓と富木にはふたりだけの世界すらなかった。ふたりがいる、共通の世界がなかった。楓の中の世界は富木智香に占拠されているのにも関わらず、ふたりの空間はなかったのである。

       楓遊音は、楓遊音の世界をつくらなければならない。その世界の住人のひとりが、伊豆玲斗なのだ。そこに水出も加えよう。中野や平井は、おそらく、この一件が落ち着いたら、疎遠になってしまうだろう。ふたり。まず、伊豆と水出。彼らと楓の、3人の世界をつくる。そしてどんどん住人を増やしていき、最後に、ようやく。

       楓遊音は、富木智香から逃げるのをやめた。しかしまだ、向き合うこともできなかった。だから彼は、彼の世界をあらかじめつくっておくことを決めた。

       いつか幼なじみを迎え入れるための世界を、彼女なしで、築かなければならない。楓には物語が書けない。それでも彼は、創造から逃げることはできないのだと悟った。

       いつの日か、ふたりの世界を。

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      2018.01.26 Friday

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