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2018.01.26 Friday

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    イズレイト・ディスコ (24)

    2018.01.20 Saturday

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       スマートフォンが震えるのを感じて、伊豆は中野から意識を逸らす。画面には、楓からのメッセージ。

      「メモを見つけた。水出がそっちに行くから、お前のかどうか見てくれ」

       なぜ、水出が? 疑問に思ったが、スマホをしまい、伊豆は再び中野へ顔を向けた。

      「どうかしたの?」

       不敵に微笑んで中野がいう。彼女は、メモのことさえ知っているのではないか。伊豆はそんな気分になった。彼女の笑顔が、恐ろしかったのである。すべてが中野の思い通りに進んでいる気がする。しかし、その理由もわからなかった。

      「少し探し物をしていてな」

       ドアが開く。伊豆は振り返る。水出がいた。楽しそうに息を切らしている。走ってきたのだろう。しかしその表情は、まるで趣味がランニングであるかのような満足感が浮かんでいた。実際は、伊豆に会えたことで気分が高揚しているだけなのであるが。

      「これ!」

       水出が合わせていた両手を開き、そこにあったメモを伊豆が開く。中身を確認する。

      「ああ、間違いない。俺のメモだ」

       伊豆は立ち上がり、背中を中野に向けた。

      「あら、もう帰っちゃうの?」

       伊豆は舌打ちをしたい気分になる。何なんだ、この女は。俺に何を求めている? 探偵でも犯人でも被害者でもない中野は、いったい自分に何を求めているのか。探偵になることか、それとも他の――。

      「自分の役割が整理できてないからな。わかり次第、決着をつけてやる」

      「楽しみにしてるわ」

       楽しみなものか。伊豆は小さく呟いた。中野が笑うのが聞こえる。聞かれていたようだ。

       伊豆は、水出とともに文藝部の部室をあとにした。

       

      「じゃあそもそも、中野さんは嘘をついているのか、真実をいっているのかも、わからないってことね?」

       水出の問いに、伊豆は頷く。

       伊豆と水出は、楓たちと合流した。平井は伊豆に謝罪をしたが、伊豆は平井のことそこまでを気にしなかった。中身を見られたことには憤りを感じたが、読む側である平井に書くことを強いる入部テストにも苛立っていたからである。

       平井はしばらくしてから退場し、今は伊豆と楓、水出の3人が、椅子に座っていた。全員、この時間の授業はない。3人はそれぞれの知っている情報を整理し始めた。

      「疑うべきことがいくつかある。まず、中野が部員にネタを提供したということ。次に、中野が執筆をしていないこと。最後に、文藝部員の人数だ。まずネタの提供だが、これは部員たちが否定をしている。部員たちには嘘をつく理由がある。アイデアをもらって書いてると認めたくないなら、な。逆に、提供していると中野が嘘をつく理由は思い浮かばない」

      「人間関係を無意味に軋ませるだけだからな」

       楓の言葉に、伊豆は頷く。

      「ふたつめは、どうなの? 中野さんが話を書いているって話。伊豆くんが見たのが本当だとしたら、いったい中野さんは、何のために書いていないと言い張っているのかしら」

      「ネタの提供と関連づけるなら、もはや部員たちは自分で物語を書いていないという可能性がある。名前だけ貸して、中野が書いている」

      「お前以外の部員の分を、ひとりでってことか?」

      「ああ」

       楓は悩む。

      「それを中野さんが引き受けるメリットがあるのかい?」

      「部員が活動してなければ、同好会に降格するかもしれないからな。やる気のない部員の名前を借りて、数だけでも、というところかもしれない。中野名義では何も書いていない。だが、中野本体は書いていることになる」

       水出は伊豆に尋ねる。

      「でもそれなら、どうして部員が残っているの? やる気がないのに、わざわざ残っている理由もないと思うけど……」

       少しの沈黙。

      「実際に、辞めた人間がいるかもしれないからな。中野は誰も辞めてないといっている」

      「俺たちも、部員は10人くらいだって聞いてるぜ」

      「俺が尋ねた女子部員たちは、そいつら3人と俺と中野の、5人しかいないと言っていた。俺たち3人に対して中野は、誰も辞めていないと言っている。女子部員たちが俺に嘘をつく理由は思い当たらない。だが、中野自身が言っていたように、同好会に降格するぞと脅されたわけではないのだから、減った部員の数を誤魔化す必要性も見当たらない」

       中野は全てを知っている。しかし、真実をいっているとも限らない。中野から真実を引き出せばいい。しかし、どうやって真実を引き出すというのか。どうやって、引き出した情報を真実だと認定するのか。

       話をするべきは、中野なのだ。しかし伊豆は、彼女が何を求めているのかわからなかった。今のままでは、話をしても不毛に終わるだろう。

       ふと、楓は別の問題を思い出す。

      「そういえば、結局平井の持ってたメモは、伊豆のものだったのか?」

       伊豆は頷く。

      「油断した。月曜は、部室で眠っていたんだ。そのときに落としたのに、気づかなかったんだろう」

       楓は違和感を覚えた。

      「平井もさ、月曜日に拾ったって言ってたんだよ」

      「ああ」

      「普段無駄なものが落ちてない空間だから、何か落ちてるのがすぐわかったって。それが伊豆のメモだったわけだ。でもよ……」

      「なんだ」

      「それだけ落ちたメモが浮くっていうなら、さすがに寝起きだとしても、伊豆なら気づくんじゃねぇかな。メモが足りないことには気づかねぇかもしれないが、何か落ちてることならわかるんじゃねぇの?」

      「つまり?」

       水出が尋ねる。

      「本当にメモを落としたのかどうかって話さ」

       

       伊豆は帰宅後、久しぶりに執筆活動に励んだ。しかし、その手はしばらくして止まることになる。ネタがないのだ。メモがないのだ。

       伊豆が失くしたメモは2枚。1枚は今日、平井の手から取り戻した。平井のメモに書かれていた分は順調に文字に起こすことができているが、物語のクライマックスを記した最後のメモがまだ見つかっていない。物語を完結することは、まだできそうにないのである。そのような状況で一気に書き進めてしまえば、また書くことがない、暇な時間が訪れるだろう。

       メモがなくなったのが月曜日。そして今、木曜日が終わろうとしている。かなりの時間が経過していた。腕時計や財布を落としたのなら、どこかに届けられているだろう。しかし、伊豆が落としたのはメモである。それも、何かの暗証番号が記された重要なものではなく、物語のプロットである。ないと困るものとして、一般的に認識してもらえるのだろうか。もちろん伊豆にとってはないと困るものであるが、物書きが拾わない限り、その重大さに気づいてもらうことはできないだろう。

       書くのをやめるというのはどうだろうか。伊豆はふと思いつく。実体験を元に物語を書いて欲しい。ある男からそういわれたのが、ひと月ほど前のこと。男の連絡先は持っている。書くのを辞めたと伝えることはできるだろう。結構な量ではあるが、これまでに書いたものを諦めて、また新しい作品を書き始めるという手もある。次に書きたいものは決まっている。それを急いで書けば、新歓の時期までには中野に提出して――。

       ここまで考えて、伊豆はまた別のことを思いついた。そもそも、文藝部に残る必要があるのだろうか。今自分が作品を書いている原動力は、伊豆にネタを提供した男に対する義理のようなものである。そして、諦めて別の作品を書くにしても、それは書きたいネタがあるというよりは、書けるネタがあるというだけであった。伊豆玲斗は完全に、文藝部であり続けるモチベーションを失っている。

       少し前まではあったはずの、文藝部員であり続ける理由。何かのため、あるいは、誰かのため、もしかしたら、自分のために、文藝部であることから得られる幸福感があったはずである。しかしそれが、なくなってしまった。しかも、それがなんだったのかもわからない。そもそも伊豆は、今回のネタの提供者との出会いのあたりの記憶が、ごちゃごちゃになっているのである。それほど前のことではない。メモもしっかりと残っている。しかし、伊豆の中に残っていなかった。メモを取った日々。それが思い出せないのである。そこだけ記憶が欠落したような感覚。それが戻らないのであれば、伊豆はもはや、文藝部である理由がない。春に出す会誌、そのために話を書く必要性もない。

       ここまで書くのに、いったいどれだけの時間を費やしただろうか。メモが見つかるまでに、どれだけの時間を費やすだろうか。今後残り続けたとして、伊豆はいったい、文藝部でどれだけの時間を、無為に過ごすのだろうか。

       誰かに話を聞いて欲しい。誰かから答えを聞きだしたい。誰かにイライラをぶつけたい。伊豆はこれまでに感じることのなかった感情に、一気に取り囲まれていた。自分はこれまで、誰に相談していた? 誰に話を聞いてもらい、誰を尊敬していたのか。それが思い出せない。それが消えてしまった。そして、都合よく現われたのが、楓遊音と水出穂乃。そして文藝部の問題が露呈し、それを彼らとともに解明しようとしている……。

       埋め合わせるかのように現われたふたり。結びつきを強めるために起きたとしか思えないイベント。運命というものがあるとしたら、それのせいか。伊豆は頭を振る。運命とは、そのようなものではない。自分はかつて、運命とは何かについて誰かに話した気がする。しかし、それがまた思い出せない。俺は誰に運命の話をし、その内容はいったい……。

       しばらく悩んだ後、上書き保存をし、パソコンを閉じる。ベッドに横たわる。もう少しで、金曜日になる。土日に中野と話をするのは難しいだろう。中野と決着をつけるとしたら、明日。それを逃せば、屈辱を味わいながら週末を過ごすことになる。だが、いったい何を話せばいい? どうすれば中野は満足し、どうすれば自分は満たされるのか。伊豆玲斗は混乱していた。

       起き上がる。シャワー室の電気をつけた。シャワーを浴びれば、すっきりするかもしれない。シャツのボタンを外す。楽になった気がした。随分と簡単に解放感を味わえるものだ。シャツのボタンなんかで、ここまで軽くなるとは……。逆にいえば、シャツのボタンごときの拘束感に苦しめられていたということだ。伊豆は笑う。しょうもない男だ、弱い男だ。そんな男ではないはずだ。伊豆玲斗が何者であるのか、伊豆はわからなくなってしまった。しかし、だからこそ、今自分は生まれ変わることができる……。

       俺の誇りは、いったい何だ。俺は何でできている? 俺の世界は、何でできている?

       わかりきっていた。

      「俺の世界は、俺でできている。そうだろう?」

       伊豆は、今は思い出せない大切な何かに向けて、ぽつりと呟いた。

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