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2018.01.26 Friday

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    イズレイト・ディスコ (25)

    2018.01.21 Sunday

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       中野は、駅の中にあるドーナツショップで、パソコンを叩いていた。

       あと1時間しないうちに、駅が閉まる。そうなると当然、中野は追い出される。それ以降も大学の図書館は開いているが、わざわざまた大学に戻る気にはなれなかった。作業が落ち着いたら、帰宅してしまおう。食事はドーナツで済ませた。空腹は満たされている。あとはシャワーを浴びて、眠るだけ。

       木曜日の夜も、あと少し。今週はやたらと長く感じる。中野はそう感じた。キーを叩き続ける。文字数のカウントは、ケタ数を変えた。かなりの文字数になったものだ。中野はひとり微笑む。

      「中野さん」

       名前を呼ばれ、中野は驚いて顔を上げる。店の外、駅の通路から、彼女が最近知り合ったばかりの女が、中野に声をかけてきたのだ。

      「こんばんは、水出さん」

       中野はパソコンをたたみ、挨拶をする。

      「こんな時間にどうしたの? 私が言えたことじゃないけれど……」

      「眠れなかったので、少し外を歩いていたんです」

       水出は店に入った。まさかこの時間に知り合いと遭遇するとは思っていなかった中野は、やや彼女を警戒する。水出は笑った。中野の笑顔の真似をする。中野は、自分の笑い方が真似をされていることに気づいた。

      「少し、聞きたいことがあるんです」

       

       コーヒーだけを注文した水出が向かい側に座るのを見て、中野は尋ねる。

      「いいの? コーヒーなんて飲んだら、余計寝れなくなっちゃうと思うのだけど」

      「眠れないのは、すっきりしないことがあるからです。コーヒーを飲んだくらいで晴れるものでもないし、問題ないですよ」

       中野は、水出がパソコンを見ているのに気づいた。

      「どうかしたの? そんなに珍しいものでもないと思うけど」

      「何を書いているんですか?」

      「何も書いてないわ。春に出す会誌に載せる話を送ってくれた部員がいるから、その人の分の誤字や脱字を確認していただけ」

      「次回は、何人分の話が載るんですか?」

       食い下がらない水出をちらりと見て、中野はパソコンを開いて何かを確認する。

      「私は今回書いてないから――今回も、か。9人分かしら。平井くんが新歓期までに完成させてくれたら、10作品になるのだけど」

      「平井くん、入部できますかね」

      「彼のがんばり次第ね。……いいえ、がんばってるのはわかってるわ。何度も相談を受けているから。完成次第、とでも言うべきかしら」

      「平井くん、これまで書いていたものを辞めるみたいですよ」

       中野の表情が一瞬変わったのを、水出は見逃さなかった。

      「そう……。じゃあ、また時間がかかるわね。もう少し、待ってあげないと」

       ふたりはコーヒーをひと口含む。水出はひとりごとのように言った。

      「いい香りですね」

      「私、コーヒー好きなのよ。目も冴えるから、集中して作業したいとき、特に役立つわ」

      「誤字脱字探すの、大変ですもんね」

      「ええ」

       水出はしびれを切らす。

      「誰に嘘をついていますか?」

       中野は目だけを上げる。

      「――誰が?」

      「中野さんが、です」

       中野は笑う。

      「嘘はついてないわ。少し、事態をややこしくしているだけよ」

      「何のために?」

      「――おもしろいから?」

       中野の笑顔が冷たくなる。水出は眉をひそめた。

      「そのわりには、おもしろそうな顔をしてないように見えますが」

      「楽しいってわけじゃないわ。おもしろいの。周りに、急に人が増えたような気がして」

      「それは、私ですか?」

      「そう。それと、楓くんね」

      「誰の、周りにですか?」

       カップに手を伸ばした中野の手が空中で止まる。

      「……随分と、色々知りたがるのね」

      「たぶん私、探偵なんですよ、今。だから、知りたいんです」

       

       中野の証言。彼女はネタを部員に提供している。彼女は編集作業ばかり。部員は10名ほど。

       伊豆の証言。中野は物語を書いている。

       部員の証言。ネタの提供は受けていない。部員は減っている。

       水出はこれまでに得られた情報を、中野の前で話し始めた。

      「誰かが嘘をついているか、誰かが間違った事実認識をしているか。そうでなければ、それぞれの証言は矛盾するんです。そして、誰かが何かを隠しているとすれば、中野さんが怪しいんです」

      「いやだわ。疑われちゃってるのね」

       水出は微笑む。

      「伊豆くんは文藝部とあまり接点がないはずなので、彼の情報はあまり当てにならないんです。信用してないわけじゃありません。ただ、文藝部については、中野さんの方が詳しい。それは事実です。仮に文藝部員が減っているとしたら、部員さんが知ってるのに、中野さんがそれを知らないのはおかしい。彼女たちが伊豆くんに嘘をつく理由もない」

      「私が嘘をつく理由もないと思うわ」

      「ええ、そうです。中野さんに嘘をつく理由はありません。意味はありません」

       中野はカップを手に取る。すする音。それが止むのを、水出は待った。中野がカップを置く。店は静か。店内には、彼女たち以外に客はいなかった。

       水出は続ける。

      「ただ、部長として嘘をつく理由は、大いにあると思います」

       中野は、何も喋らない。

      「嘘はついてないと、中野さんは言いました。嘘はついてないけれど、事態をややこしくしている。誤魔化している。そうであるなら、中野さんと伊豆くん、そして部員さんたちの証言が、全て成り立つ可能性があるのではないか」

      「どうやって?」

      「ひとまず、伊豆くんと部員さんたちの言葉を、事実として考えます」

       

       女子部員たちの言葉を信じて、文藝部には彼女たち3人と、伊豆と中野の、合わせて5人しかいないとする。平井が入部した場合、全体で6人になる。

       新入生の入る時期に出される会誌には、平井をカウントしないとすると、全部で9つの作品が掲載される予定となる。つまり、執筆者が9人でなければならない。部員は、5人。中野自身は編集者でしかないという言葉を信じると、そのうち作品を書けるのは、4人。あと、5人足りない。

      「秋の会誌には、10作品が掲載されていたと聞きました。私はその、当時文藝部に興味がなかったので、よくわからないんですけど」

       楓が、秋の会誌を購入していた。そもそも、楓が伊豆を初めて見かけたのがそのときだったのである。作品数を数えてもらうと、10作品だった。つまり、秋の会誌で、中野は執筆していたのである。

      「次回の会誌が9作品で、中野さんが書かないのであれば、1を引けば確かに解決します。けれど、部員さんたちの言葉を信じると、数が合わない。だって文藝部員は、何人か辞めてしまったのだから。本来なら引かれるのは、やめていった人の分。つまり、マイナス5。だから全部で5作品。こうでなきゃおかしい。執筆者が、5人減らなければならない。けれど実際は、9作品になる予定。執筆者は、ひとりしか減っていない。中野さんが、減っている」

      「実は辞めてなかった。辞めるのを辞めた。これならどうかしら?」

      「復帰するでしょうね。最後にもう1回くらいと、秋の会誌で作品を書いたのに、春にもまた執筆するのであれば、やる気が戻ったとしか考えられません。でも、そうじゃない。文藝部は、人を取り戻していない」

       水出は、平井からも話を聞いていた。

      「平井くんは、長いこと文藝部に通いつめてたみたいですね。なんと、夏頃からだそうで」

      「すごい時間かかってるでしょう?」

       中野は笑う。水出は彼女に合わせることはせず、淡々と推理を進めた。

      「伊豆くんよりも、彼の方が文藝部のことを知っているんです。彼も、文藝部員が減っていると考えています。夏の頃見た人を、秋頃から見なくなったと」

       現文藝部員よりも入部希望者の方が文藝部に詳しいのもなかなか奇妙な話だ。水出は思った。

      「やはり、辞めてるんです、5人ほど。だけど、作品数は減らない。書いてるんですよ、5人は。書いてないのは、中野さんだけ。会誌に話を載せていない中野さんは辞めていない。会誌に載る5人は辞めている。……ヒントがほとんどありません。もう、推測でしかありません。探偵として、間違ってると思います。けど、今の段階で持っている情報から導き出した私の推理は、こうです」

       中野はまっすぐ、水出の目を見ている。

       

      「中野さんは、物語を書いていません。中野さんは、編集作業だけです。だけど、部長としての中野さんは、執筆をしています。辞めてしまった、もういない5人の名前を使って――5つの仮面をかぶって、物語を書いている。違いますか?」

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