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2018.01.26 Friday

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    イズレイト・ディスコ (28)

    2018.01.24 Wednesday

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       金曜日。図書館の前。伊豆と楓は向かい合って座っていた。伊豆は頬杖をついている。楓はそれを真似し、退屈そうにもうひとりを待つ。

      「俺はお前らと違って電車通学だから、早くに大学来るの、結構大変なんだぜ?」

      「知るか」

       伊豆の冷ややかな返答に、楓はため息をついた。

      「まあ、お前に言っても仕方ねぇもんな。呼び出した水出さんが、なかなか来ないから困ってるのであって――」

      「メモが見つかった、か。いったいどこで見つかったんだ?」

       楓は両手を広げて首を振る。出会って1週間しか経っていないというのに、随分と楓のこういった表情を見慣れてしまったものだと、伊豆は自分に呆れた。それだけ、これまで人間関係が希薄だったということである。人と関わらなかった過去の自分に対して呆れているのではない。そんな自分が、いとも簡単に楓とこうして向かい合って座れる寛刑になってしまったことに、呆れているのである。冷静、冷血、冷酷、冷淡な伊豆玲斗。伊豆は自分で自分のことをそう考えていた。そうであるのに――いったい、伊豆玲斗はどこに行ってしまったのか。

      「残念ながら、水出さんはメモが見つかったとしか教えてくれてないんだ。詳しいことは実際に直接会ってからってことなんだが……。どうして彼女は来ないのかねぇ。寝てるのかしら」

       昨晩水出から連絡を受けた楓は、その内容を伊豆にそのまま伝えて、彼女の指定したこの場所で待機している。しかし、話をするべき水出がまだ来ていない。

      「まあ、まだ集合時間っていうか、指定の時間じゃないけどさ。お前が早く来すぎなんだよ、伊豆くん?」

      「そんなこといったらお前はどうなる」

      「俺はほら、バカなんで。時計の針を読み違えちゃったってわけ」

       鳥の声がする。ふたりの沈黙を煽るようだった。小鳥に急き立てられて、楓は伊豆にというを投げかける。

      「メモが返ってきたら、お前はどうするわけ?」

      「愚問だな」

       愚問なんていうやつはじめて見たぜ。楓は心のうちで呟いた。

       伊豆は閉じたパソコンを叩く。

      「メモが返ってくれば話が書ける。つまりは話が完結する。それだけだ」

      「そのあとは?」

       伊豆の動きが止まる。

      「中野さんが何を考えてるかわからねぇが、今後も文藝部に居続けるつもりなのか、お前?」

       楓はまっすぐ伊豆を見た。目は逸らさない。見つめ合ってしまう。楓は笑いそうになる。すかさず伊豆の拳が飛んできた。

      「いてぇ……」

      「人の顔見て笑うからだ」

       鼻を押さえる楓。ぼうっとしている伊豆。

      「――何かが、欠けた気がする」

       ぽつりと呟いた伊豆の言葉に、楓は耳を傾ける。

      「何か――俺の生活に身近だった何かが、急になくなってしまったような感覚を、ここ1週間感じていたんだ。それが何なのか、まったく思い出せないんだが……。これまでは楽しかったはずのことが、だんだんと、魅力をなくしていった。執筆がまさにそうだ。これまでは自分の楽しみのために、自分のために書いていた。しかし、それが今は、義務感で書いているような気がしている。繰り返すようだが、今回の話にはモデルがいる。そいつに頼まれて、俺は今物語を書いている。そいつに完成品を見せなければならない。だから、書かなければならない。そんな気分なんだ」

      「まるで職業作家だな。……いや、仕事として書いてる人の方が楽しんでるかもしれない」

       伊豆が自分のことを話し出したのを、楓は驚きを必死に隠しながら聞いていた。

       なんだ。こいつは結局、何かがなくなって、寂しがっているんじゃないか。楓の想像していたよりも、人間らしかった。胸に宿す炎。それが燃え続けるための何か――酸素のような何か、いつも近くにある何か。それがなくなってしまい、胸のうちで燃える炎が消えてしまった。それだけなのだ。伊豆が失くした何かは、これまで伊豆のことを、ありのままに燃やし続けさせた何かなのだ。表面的には氷のようで、しかし内側は灼熱地獄。そんな伊豆玲斗を、支え続けた何かがあった。だが今は、ただの氷の塊。

      「この作品を書き終えたら、俺は文藝部を辞めようと思う」

       楓は、あえて何も反応しなかった。

      「今の俺には、物語を書くのは――話を考えるのは、難しすぎる」

       

       更に時間が経った。約束の時間である。しかし、水出はまだ来ない。イライラしはじめるかと思っていたが、楓の予想に反して伊豆はイライラした様子を微塵も見せなかった。寛容になったか、あるいは、そんな心の余裕がないのか。

       楓は間を持たせるために、伊豆の話を受けて話題を振った。

      「まあ、お前が辞めても平井が入れば、人数的にはプラスマイナスゼロだな。いいんじゃねぇの、ちょうど」

       伊豆は顔を上げる。

      「結局あいつは、入るのか?」

      「入るんじゃねぇの?」

      「書けるのか、話」

       平井は、拾ったメモから話を書いたが、それが伊豆たちに知られたため、そしてメモが伊豆のものであると平井が知ったため、彼はこれまで書いていたデータをすべて消していた。楓の応援を受けて、最初から書き始めたのである。

      「ネタはもう決まってる。実体験を元にしたものだしな。おもしろくなるかは平井くん次第だろうが……」

      「実体験?」

       楓は頷いた。

      「クールな文藝部員が失くした創作のメモを探す、推理小説さ」

       沈黙。しばらくして、伊豆は鼻で笑った。それを受けて、楓も笑う。バカにした笑いではないことが、楓にはわかったからである。彼は、楓のように大笑いはできない。笑ったとしても、それは常に、鼻で笑うくらいのものでしかない。しかしそれは、あくまでも表現の仕方がそれしかないということである。おもしろいと感じたとき、バカにするとき、どんなときも伊豆玲斗は、冷たく笑うことしかできない。

       彼の心の氷を溶かすのは、自分の役目ではないだろう。楓はそう考えていた。彼の心を溶かすのは、彼自身の炎に他ならない。問題は、いかに彼の心に火を灯すかなのである。誰も、心の氷を溶かすことはできない。凍ったまま、彼に火をつけさせなければならない。それができるのは、いったい誰なのか。楓には想像もつかなかった。

       楓は伊豆のことをほとんどしらなかったが、自分のことを、伊豆とかなり仲がいい人間だと思っていた。自覚があった。しかし、それは仲がいいだけなのだ。火を灯すほどではない。彼は伊豆の理解者になれても、原動力になることはできない。そう感じていた。

       自分の原動力は、いったい誰だろうか。考えるまでもなかった。ここ1週間、あえて関係を断っていた、彼の幼なじみ。メモが返ってくれば、伊豆の事件は解決する。今後も伊豆との関係が続く保証はなかった。彼らを結びつけていた糸は今、ちぎれるのを待っている。

       そうなれば楓はまた、富木智香のいる日常へと帰らなければならない。彼女を迎えるだけの世界が、彼の中にまだできていないのにも関わらず、である。

       楓は嫌でも、富木智香から離れることはできない。伊豆と水出との関係は、維持しようと思うのなら、相当の努力をしなければならない。

       楓は笑う。言うべきことは決まっていた。楓の笑みに気づいた伊豆が顔を上げる。

      「お前に紹介したいやつがいるんだ。いや、お前を紹介したい、ともいえるかな」

      「――例の、幼なじみか?」

       楓は頷く代わりに、飛びきりの笑顔を見せた。

       

       水出は、文藝部の部室を外の窓から覗く。中野はいない。代わりに、中野の席にはパソコンが開いたまま置いてあった。そしてその近くには、メモのようなものもある。

       窓に顔を貼りつけてみるが、水出にはパソコンの画面もメモの内容も見えなかった。彼女が優れているのは伊豆に対する嗅覚だけなのだ。

       仕方なく、水出は文藝部のドアの方に回る。カギは空いていた。なんて無用心。水出は小さく呟いた。

      部室に入る。外はまだ青白い。楓たちはもう待っているだろうか。スマートフォンを確認する。まだ時間には余裕があった。これくらいの寄り道であれば、許されるだろう。水出は、中野のパソコンの置かれた席に向かった。

       差し込まれたUSB。画面に映るのは、編集中のワード文書。椅子に座る。画面を先に見ることにした。目を通す。

       そこに記されていたのは、水出の今朝の夢だった。つまり、伊豆のメモの内容。伊豆が書こうとしている物語。しかし、最初に書かれたタイトルの下に書かれた執筆者の名前は、中野のものだった。中野が書いていたのは、辞めていった部員の仮面をかぶったものではなかったのか。なぜ伊豆の考えた話を、彼女が書いているのだ。伊豆を困らせたかった。そのためにメモを抜き取り、水出と平井に拾わせた。ならばなぜ、彼女も1枚、伊豆のメモを持っていたのだ。

       そうだ、メモ。水出はパソコンから目を離し、そばに置かれたメモを手に取る。文字が3行だけ書かれていた。

       

       彼がいなくなってしまう気がした

       だから私は、彼になろうと思った

       いたずらなんて、子どもっぽいけれど

       

       水出の予想は、当たっていた。

       彼女は泣きそうになった。苦しいのは自分ではない。つらいのは中野だ。泣きたいのは中野だ。だが水出は、泣けない彼女のことを思い、頬が震えるのを感じた。必死にこらえる。自分が泣いてどうする。深呼吸をして、水出は頭を振った。

       ドアが開く。水出は顔を上げた。中野が立っている。

      「そろそろ見終えたかしら?」

       尋ねる中野に、水出は無言で頷いて応えた。立ち上がる。部室を出る。中野が鍵を閉める。水出は、中野の横顔を見上げた。

      「中野さん」

      「なぁに、水出さん?」

      「――綺麗です、とても」

       中野は笑う。中野は、泣いていた。

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