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2018.01.26 Friday

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    美女栽培 2 『明治スーパーカップル』 (33) (終)

    2016.02.02 Tuesday

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       真っ白い砂浜に、真っ白い泡が押し寄せている。白と青の境界線は、立体感のある不安定な白によって規定されていた。
       海が青い。前に彼と来た時よりも、青くなっているような気がする。これは誰かの顔色を表しているものなのだろうか。そんなことを考える。ふと、隣に座りこむ彼女の顔色を窺ってみた。特に落ち込んでいる様子はない。だとしたら、この海は誰の顔色を反映したものなのだろうか。
      誰のものでもないのだろうか。自然は人を癒すが、暴力を行使しない限り、自然は変わらない。自然の方が人間に合わせてくれるというのは、ありえないのだろう。人間は自然の崩壊を見て悲しむことはあるが、自然は人の崩壊を見たところで、何も思うことはないのだろう。ただ淡々と、ありのままの姿で生き続けているからだ。もし自然そのものに対する脅威が眼前に迫ってきていたとしても、彼らは決して憶することなく、自分の役目を全うするのだろう。
       何か持っていればよかったな。下に敷けるものがあれば、彼女のお尻は濡れずに済むだろう。
      「いえ、大丈夫ですよ」
       史恵ちゃんはそういった。
      「思ったよりも、砂浜は乾燥してるみたいです。そりゃ、立ち上がった時にお尻に砂がついてるでしょうけど、手で払えば簡単に落ちそうですよ」
      「それならよかった。じゃあ、私も」
       私は答えると、史恵ちゃんの隣に座る。じゃりっと小さな音がした。あさりを食べた時たまに味わう、あの感覚だ。今私のお尻は、砂を食む口になっている。
       隣に座ってみるが、密着するわけではない。私にはわからないが、人にはそれぞれ安心する距離というものがあるのだろう。遠すぎるということはない。けれど、私たちの間にはもう二人くらい座れそうなスペースがある。ここにいない二人を置いているような気分になって、微妙な気持ちになる。
      「すごいですね」
      「何が?」
      「こんな海があったなんて」
      「本当にね」
       いいながら私も、この間美雨くんに教えてもらうまで、全く知らなかったわけなのだけど。彼には感謝する一方、本当に彼の助言通りに行動してしまっているんだなぁと、私はますます、自分の単調さに落ち込むばかりである。
       私と河野史恵ちゃんは、美雨くんが以前私を連れてきてくれた海に来ている。えーっと、あれは確か、火曜日か。史恵ちゃんから「嘘を見抜けない」というメッセージを受けた日に彼が案内してくれた、人間だったらしい黒いシミのある、少し怖い海である。
       相変わらずガードレールはへし曲がって道路からはみ出ていて、特に車が走行しているような気配もない。カモメは飛んでいなかった。本当にあのシミは、カモメが人間を食い散らかした跡なのだろうか。疑わしい限りである。死神と友達で、存在自体ファンタスティックな彼の言ってたことだしね。あまり信用しないようにしよう。この地域の歴史を収めた書物に人食いカモメの記述があれば、信用してもいいけれど。
       今日は日曜日。明ちゃんと映画デートをし、美雨くんを交えてババ抜きをして、どういうわけか彼からリュックを買ってもらったあの日から1週間が経った。
       そうか、このリュックになってから1週間しか経ってないのか。もうだいぶ時間が経過したような気がしている。と、ここまで考えて私はあることに気付いた。今背中にかかっているリュックサックは、比較的新品である。しかしそれは今、私に背負われたまま砂浜の上においてあった。汚れるわ、アホ。
       右隣に座っている史恵ちゃんに当たらないよう、私は座ったままリュックを左側から回し、脚の間に挟む。地面に触れていた部分を確認すると、白い砂がぱらぱらと付着していた。下の方は黒いデザインなので、やたらと砂が目立ってしまっている。私はそれを手で叩く。さらさらと砂は落ち、ツヤのある黒が現れた。どうやら、汚れてはいなかったようである。
      「大事なものですか?」
       史恵ちゃんが尋ねた。
      「いや、最近買ってもらったばかりってだけで」
       そんなに大切ではない……。たぶん。
      「買ってもらった?」
       史恵ちゃんが食いつく。
      「誰にですか?」
      「うーん……」
       説明しづらいな。彼は私にとって何なのだ?彼氏、違うな。友達、違う気もする。知り合い、そんな浅い関係ではない。夫、いや結婚してねぇよ。
       彼だったら、私を何と紹介しそうだろうか。すぐ、ひとつの例が思い浮かんだ、私は彼にならって、こんな返答をしてみる。
      「そうだねぇ。天使、みたいな人かな」
       
       
       木曜日の朝。予想通りというか、予言通りというか。史恵ちゃんに嘘を見抜く力はすっかりなくなっていた。そのことを報告する淡々とした口調のメッセージが史恵ちゃんから送られてきて、私は少し安心する。これで彼女は、力から解放されたのだ。
       その時私は、特に彼女に確認するということはしなかった。まだ知らないのであれば私から言うべきではないだろうし、もし知っていたとしても、わざわざ掘り返すということもないだろう。過去の想い出は、掘り返して使えるものではない。一度地面に埋めてしまえばもう綺麗な状態には戻れない。涙でしけった地面に埋めてしまうと、もう砂がべったりとまとわりついて、非常に不愉快なものになってしまうのだ。そしてその想い出の付着物は、なかなか指から離れない。想い出は、基本的に持ち続けるか棄てるかしか、できないのである。
       
       
       水曜日。自称死神の西出さんと美雨くんとバスで地獄デートをしたあの日の夜。また癖の強い人()と出会ってしまったものだとベッドの上で嘆いていると、私のスマートフォンが小さく通知音を奏でた。メッセージが来たようである。差出人は、明ちゃん。真っ暗な画面に、ぽんとメッセージの内容が表示された。字面でしか判断できなかったが、きっと相当喜びながら送信したに違いない。あまり縁のない私にも送ってくれたのだから、そういうことなのだろう。いったい私は、彼女の喜びを共有した人たちのうち、何番目にこのことを知った人物なのだろうか。そんなことを一瞬考えたが、私は返信を打ち始めた。
      「おめでとう」
       できるだけかわいいっぽい絵文字もつけて送ってみる。ありがとうございますという、彼女からの返信。すぐに返ってきたところを見ると、彼女は相当暇そうである。「祝え!」といわんばかりに多くの友達に同じ文を送り続け、スマートフォンを床に置き、その目の前で正座をしているに違いない。
       明ちゃんからの「ありがとうございます」と、私からの「おめでとう」、さらにその上に、明ちゃんからのメッセージが書かれてある。
       さっき告白をされて、治と付き合うことにしました!
       
       付き合うことになったという報告はスマートフォンを介して送られたが、まさか治くんとやらは、スマートフォンで告白するなんて野暮なことはしてないだろうな。
      「そんなことないですよ!直接、言ってくれました!」
       これが彼女からの返信だった。
       それなら、いいや。ケータイで愛の告白をするなんて、地雷でしかない。気持ちが伝わりにくいというのもあるが、誤送信したり、回線の都合でうまく届かなかったりするからだ。どんなきっかけがあったのかは知らないが、未だに私の中では顔がぼやっとしている治くんとやらが、きちんと明ちゃんに思いを伝え、彼女がそれに応えたのなら、きっとその選択は間違ってなかったのだろう。私が何もしなくても、事態は好転したらしい。私自身の無力を痛感しつつも、人に影響されない人間の偉大さというものを、しみじみと感じずにはいられなかった。
       文章から伝わってくる明ちゃんの幸せオーラで、おばさんもにやにやしちゃうわ。って、誰がおばさんじゃ。
       昔は「メールで告白するなんてマジありえないよね」とか言われていたが、今の状況はどうなっているのだろうか。最近コミュニケーションツールとしてスマートフォンアプリが浸透しているが、「アプリで告白なんてマジありえないよね」とかになっているのだろうか。もしかしたら、どうせ告白するならメールじゃなくて手紙!という時代から、どうせ告白するならアプリじゃなくてメール!とかになっていくのだろうか。昔の手紙の立場が、ことごとくメールに取って代わるのだろうか。そうなったら手紙で告白とかすごいことになるんじゃないかな。わけがわからなくなってきた。とにもかくにも、文化の発展と並走しながらも直接告白した治くんと、それに応えた明ちゃんには敬意を表そう。愛の告白なんって、簡単にできるものじゃない。石生さんは天使みたいなものだねとか言い出すアホはいるけれど、あれは特殊だ。
      「今度映画を観に行こうと思って!」
       明ちゃんがいった。いや、送った、か。
      「へぇ、何を観に行くの?」
       私が適当な(いや、気持ちはこもってるよ?)返信をすると、まさに秒速で返信が返ってきた。
      「恋愛映画です!」
       そうか。よかった、ジェノサイド赤ちゃんとかじゃなくて。びっくりするわ、彼氏。
       恋愛とかよくわかんないと言っていた明ちゃんが、恋人ができた途端に恋愛映画を観に行こうとするのである。恋の力は偉大だ。偉大というか、強大か。強すぎて、彼女を妙な方向に引っ張っていかなければいいけども。


      「恋愛映画ってさ」
       私は砂浜に座りながら、話し始める。
      「恋人と観るものなのかな。それとも、恋人になりたい相手と観るものなのかな」
       自分で言っておいてなんだけど、すさまじくどうでもいい話題だな。少なくとも、海でする話じゃねぇ。
       真面目な史恵ちゃんは、うーんと考えるような声を上げる。
      「恋人になりたい人と、観に行くんじゃないですかね」
      「どうして?」
       彼女は今日、メガネをしていない。目に砂が入るんじゃないかと、心配になった。今は比較的穏やかだが、海で風が吹けば砂が目に入って痛くなってしまうだろう。桶屋が儲かるぞ。何の話だ。痛ぇ、こっちに着やがった砂が!右目が!右目が痛い!
      「恋人と観に行ったところで、比較しちゃうじゃないですか。画面の向こうでは素敵なロマンスが繰り広げられているのにこの男ときたら――みたいな」
      「確かにねぇ」
       私は目をこすりながら返事をした。ああいうのって、やたらと恋が実るまでを描きたがるので、誰もそのあとを教授してくれないよね。付き合ったよ!で、何すんの!って感じになるでしょ。まあ、私は喪女だから関係ないけど。って、誰が喪女ですか!
      「だから、私はこんな恋愛を望んでいるのよ、だから、こんなロマンティックな告白を、私にもしてほしいな、みたいな」
      「圧力がすっごい」
       私と史恵ちゃんは笑った。


       木曜日。明ちゃんから恋人ができたという報告を受け、史恵ちゃんからは能力がなくなったという報告を受けた日の夕方ごろ。私は道を歩いている美雨くんを捕まえた。
      「珍しいね」
       彼の着ていた白いシャツの袖を、可愛げもなく全力でつかみかかった私に対して、美雨くんが発した第一声がそれである。
      「石生さんの方から、僕を捕まえるだなんて」
      「ちょっとね」
       本当であれば水曜日の夜の段階で明ちゃんの話をしたかったのだけど、文面にするのは面倒で、かといってあまり頻繁に電話をするのもどうなのだろうかと感じ、私は大学で直接彼に話をすることにした。
      「なるほどねぇ」
       以前ふたりで話をした学食に来て、おそらく前回と同じ席に同じ配置で座った私は、協力者――というか相談相手であった伊勢海美雨くんに、状況を説明する。
      「――結局明ちゃんと治くんが、カップルになったわけか」
      「そういうこと」
       彼は少し考えて、急に顔を明るくしてこんなことを言い出した。
      「ところで、どうでもいいんだけどさ」
       じゃあ黙ってろ。
       美雨くんは指でテーブルに漢字を書きながら話をする。
      「明ちゃんの明って、この字だよね?」
       彼は、日という字の隣に月を書く。
      「そうよ」
       私は答えた。
      「じゃあさ、治くんの方は――こう?」
       さんずいの隣に、台という字を書く。
      「そうだね」
      「ふたりのファーストネームをつなげると、さ」
       今度は彼は、ささっとふたりの名前を漢字で記す。
      「明と治。明治になるんだよねぇ」
      「すっげぇどうでもいい」
       自分でも信じられないような突き放し方をしてしまった。もちろん彼は、笑ってくれたが。


       金曜日。私は失恋した史恵ちゃんを、美雨くんと一緒に来た海に誘った。いきなり「海に行こう」という文章を送ったので、返信も「送る人間違えてませんか?」と、あっさり返ってきてしまったが。
      「砂浜に座ってぼけーっとするだけだから、特に何にもいらないよ」
       現に私は、美雨くんと海に行ったときも何も持って行かなかったのである。せいぜい電車賃があれば、充分なのだ。砂浜に下りるために階段を使うから、歩きやすい靴だとちょうどいいとか、あってもそのくらいである。
      「どうして、急に?」
       史恵ちゃんからそんな言葉が返ってきた。どうして、急に?か、なるほど、たしかにその通りである。だいたいお前誰だよって感じだもんね。
       私の意図としては、失恋によって傷心中かもしれない史恵ちゃんを、ぜひ美雨くんのいう通り、自然の力で魂を癒せたらというものだ。しかし、「失恋してかわいそうだからさ!慰めてやろうと思ってな!ひゃっはー!」みたいな言葉を送るわけにもいかない。そんなものが送られてきたら、私ならスマホ投げる。
      「いや、いろいろあったからね。なんとなく」
       我ながら、適当すぎるごまかし。ごまかす気があるのか、お前は。
       この段階で私は、史恵ちゃんが明ちゃんと治くんのことを知っているのかまだわからなかった。「明ちゃんとこがくっついたじゃない?」なんてことも、迂闊に言えないのである。同じ部活ならば知ってそうなものだが、念には念を、だ。下手なことはこっちから吹っかけまい。
       ややあって、返信がくる。
      「そうですね。いろいろあったので、ぜひ」
       この返事を受けて私は、ああ、もう知ってるんだろうな、そう考えた。


       史恵ちゃんと海を眺めること10分。波の音が騒がしくなった。海が何かを急かしているように感じられる。急かしている相手は、私か、史恵ちゃんか。
       私はできるだけ、自分が喋るようにしていた。美雨くんとのエピソードを、延々と靴にするだけのおばさんに成り下がっていたが。彼にまつわる話は何かと面白いものが多いので、話題に困ったらぶっこんでおくと楽になる。なんだろう、ピエロというか一休さんというか、なんかまあ、そんな感じの立ち位置のキャラクターだと思えばいい。我ながら散々な言い様である。
       私が、他にどんな話があったかなと思い出しつつも口を休めていると、ぽつりと史恵ちゃんがこんなことを言った。
      「私は結局、何がしたかったんでしょうか」
      「……それは、どういう?」
       私は何がしたかったのか。それはむしろ私のセリフである。今隣にいる女の子には何もできず、明ちゃんのために何かできたというわけでもない。運命を証明する存在として生きようにも、明ちゃんや史恵ちゃんからすれば私は、よくわからない人になってしまう。この生き方に疑念があるわけではないが、これから関わっていくだろう人たちとの付き合い方を、私は考える必要がありそうだ。私が定める私の立場だけではなく、私が関わろうとする人々にとって私がなんであるのかを、どうやら導き出さなければならないようである。
       史恵ちゃんは言った。
      「私はあの3日間、嘘を見抜く力を与えてもらって、何を変えられたのかなって」
      「なにか、できたのかな。なにか、やってみた?」
       質問文に対して質問で答えるマヌケの図である。
      「治先輩に、催促はしてみたんですよね」
      「催促、っていうのは?」
      「ちゃんと思い伝えた方がいいですよって」
       そういって彼女は、空を真っ直ぐ見上げた。涙をごまかそうとしているわけではなさそうだ。ただ遠くに、思いを馳せているだけである。
       彼女だ。彼女がキーになったのだ。彼女が何もしなければ、きっと今明ちゃんと治くんは恋人関係になかっただろう。私は明ちゃんを変えることも、史恵ちゃんを変えることもできなかった。しかし、史恵ちゃんが治くんを変えたのだ。
      「治くんの背中を押したのは、どうしてだろうね」
       私は彼女に聞くように言ってみた。実際にはこの言葉を、私は史恵ちゃんに向かって言ったのではない。彼女に倣って空へ顔を向けた私は、真っ青な空に向かって問いかけたのだ。治くんの背中を押したのは何故かなんて、彼女の方が聞きたいはずなのである。私には、答えるすべがない。
      「わかりません。わからないけど、やっぱり確かなことはあります」
       目線を彼女の横顔に向ける。眼鏡をかけていないからか、以前会ったときよりも目元がはっきりしているように見えた。ぱっちりと開かれたその目に、雲は映っていない。
      「たしかなこと?」
       私は視線を戻して、彼女に尋ねる。
      「好きだったんだなぁって、思って」
       彼女はそういって、しばらく口を閉じた。私はその間、何を言おうか迷って、結局、こんなわかりきったことしか聞くことができなかったのである。
      「誰を、好きだったの?」
      「……怒りませんか?」
       首を小さく傾けて、少しだけ笑って史恵ちゃんは言った。大人っぽい彼女だから、いたずらっぽい表情が非常に似合う。私は彼女の顔を見てなんとなく、有林さんを思い出した。彼女の元に弟子入りをすれば、きっと史恵ちゃんはいい女になるだろう。いや、今でも充分、綺麗なんだけど。
      「怒るも何も、私は答えを知ってるからね」
       私も真似をして、くすりと笑ってみた。有林さんの真似――いや、うまくできなかったかな。たぶん、美雨くんみたいな笑い方になってしまったと思う。
      「ずるいですね」
       彼女は笑いながら言った。その表情に、私は心がむずむずと痒くなる。
       数秒の後、鼻からか口からか、小さく息を吐いて、ゆっくりと紡がれた、彼女の言葉。
       
      「好きだったんです。明先輩のこと」
       
       
       水曜日。死神と美青年とのバスデートの後半戦。
       弓道部の練習風景をじっくりと観察できるような絶妙な位置を走っていた私は、袴姿の河野史恵ちゃんを見つけ、彼女の目線が、いったいどこに向かっているのかを明らかにしようとした。とはいっても、本当に一目瞭然で、謎らしいものはまったくなかったのだけれど。
      「そうか、そういうことだったのか」
       私がぽつりと呟くと、美雨くんが隣で小さくこういった。
      「事態は、本当にシンプルだったんだね。実際に見てみれば、僕や石生さんにだって、真実に気づくことができるほどに」
       バスは高校の前を通り過ぎていく。どんどん遠ざかる母校。私はそれに悲しみを感じなかったが、史恵ちゃんにとって弦にかかる矢がどんなに重いものだろうかと考えて、胸が苦しくなる。
       私が美雨くんの言葉に対して小さく頷くと、彼はそれきり、西出さんのバスが私の家の近くに止まるまで、ひとことも言葉を発さなかった。
       
       有林さんの指摘。河野史恵ちゃんと私が似ているというような言葉。私は最初その言葉を、同じリュックを使っているから、くらいの意味にしか捉えていなかった。しかし実際は、違ったのである。私と河野史恵ちゃんの共通点。それは、女の子が好きだということだった。
       彼女の熱視線は、治くんではなく、彼に熱視線を向ける、塚本明ちゃんに向かっていたのだ。史恵ちゃんの好意は、最初から彼女に注がれていたのである。
       
       
      「軽蔑しました?」
      「んーん」
       私にさえも気持ちを打ち明けてくれた彼女に対して、いったい誰が軽蔑などできようか。
      「私も、似たようなものだから」
      「あ、そうなんですか?」
       少しだけ、史恵ちゃんの口調が軽くなる。
      「明ちゃんに会ったときもかわいいって思ったし、史恵ちゃんに会ったときも、綺麗だなって感じたよ」
      「ありがとうございます」
       途端に私は、横を向く気になれなくなった。少しずつ震えていく彼女の声が、彼女の現在の表情を容易に想像させるからだ。
       ああ、この娘は――この娘はこんなにも綺麗で、失恋をしてもなお、いやむしろそれを経験したからこそ、ますます輝きを増している。からりとした日光をさんさんと浴びて育ってきたバラが、朝露に濡れて、妖艶さが増したような感覚。

       だめだ。なぜだ。どうして私が。

      「どうして石生さんが、泣いてるんですか?」
       私が聞きたいよ。

       なんでだろうね。私が失恋したわけじゃ、ないんだけど。

       史恵ちゃんがつらいんだってことは、痛いほどわかってるつもりなんだけど。中途半端な力を与えてしまったことの申し訳なさと一緒に、得体の知れない感情がどっと溢れてきて、真っ直ぐ見つめていたはずの空を歪ませる。

       ああ、なんだ。私はこんなにも無力だったのか。
       いや、もはや無力感というような言葉では言い表せない、もっと空虚な何かが、私の胸の、中に、奥に、底に、そこに。

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