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2018.01.26 Friday

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    美女栽培 2 『明治スーパーカップル』 (34) (エピローグ)

    2016.03.29 Tuesday

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      「なるほど。それで石生さんは、相談された身であるのに、人目も気にせず、わんわんと泣いてしまったわけだね」
      「うるさいなぁ」
       ファストフード店。濡れたタオルで拭かれたためか、きらりと表面が光っている、雫を何粒か散りばめた白いテーブル。
       丸いテーブルの上に、私と美雨くんは、それぞれの手から数の重複したトランプを投げていく。赤と黒の数の書かれたカードたちがばらばらに積みあがっていった。けれどその量は多いわけではない。私と美雨くんの手には、結構な量のカードが残っていた。
      「結構、やりがいのある戦いになりそうだね」
       美雨くんが笑った。私は笑わない。私は、それどころではないのだ。私はどうにかして、彼に勝ちたいのだ。余裕などない。見せる余裕なんて、まったくなかった。

      「そんなに気張らなくていいじゃないか、石生さん」
       目を細めて、ふわふわした毛先を微かに揺らしながら、美雨くんがいった。うるせぇ黙れ。
      「ゲームなんだからさ。時の運っていうものがあるんだよ。運命は変えられない。運は変わらない。太陽がこちらの背後に立てば勝ちを見るだろうし、僕たちの目の前に現れたら負けるしかない。その程度のものなんだよ」
       彼はすっと握り拳を出してくる。右ひじをテーブルに乗せて、軽く握ったこぶしの美しさを見せつけているように見えた。私も負けじとグーを出す。どうみても、彼の手のきれいさには勝てそうもなかった。なんなんだ、こいつは。女として悔しがるべきところだろうけれど、彼の手は相当美しかったため、そんな醜い感情は全く芽生える気配がなかった。しばらく私は、その彼のグーの手をじっと眺めてしまったほどである。上から、人差し指、中指、薬指、小指……。完全には姿を現さない親指が、ぴょこりと頭を出していた。
       私と美雨くんは声には出さず、アイコンタクトを取りながらジャンケンをはじめる。お互いの右手が、上下した。私は美雨くんの言葉にこたえる。
      「運は変わらない。たしかに、そうかもね」
       私はパー。彼はグー。私が先に、彼の手札からカードを引くことになった。
       美雨くんは少し驚いたようなそぶりを見せて、私の手札からカードを引き、巧みに捨てていく。こいつ、透視とかしてないだろうな。
      「石生さんはもう少し、人間の運命とかを否定していくような人だと思っていたけれど、完全にその思想を定着させたんだね」
       ポテトをつまむ。口の中がかわく。冷めてしまったフライドポテトから伝わってくるのは塩味と湿気だけ。あつあつであったはずのそれが、袋の中で少しずつ蒸れていき、かりかりに油で揚げられていたはずの外殻は、箸を持てば重力に負けてしなってしまうほどになっていた。
      「人には運命がある、これはもう、私が最初から考えていたこと」
       美雨くんが小さくうなずく。私の手札は減らない。指に油と塩がついているであろうことは全く気にせず、私はポテトを口に運んだばかりの手で彼の手札からカードを引き抜く。不衛生であるとか、まったく気にしない。どうせ彼の私物のトランプだし、ここでの食事代もどういうわけか彼が持ってくれているし、彼はなんか変なところからお金を調達してきてそうだから、別にあくせく働いた結果のお金というわけではないだろうと、一切遠慮せずにふるまっている。
      「そして、この運命が、人それぞれが操作できるものであるということに対する信頼は、まったく動じてない」
       私はいいながら、ようやく手札からカードを捨てられたことを心の中でこっそり安堵する。
      「神は死んだ、という感じかな?」
       美雨くんはいいながら、私の手元からカードを引き抜く。色っぽい指が、カードにさわるとき少しわたしのてにふれて、びくっとした。
      「さすがに、そこまでは思ってないよ」
       私が言う。美雨くんは、カードをさらに捨てた。私の手元にババがないことを考えると、彼の数少ない手札の中にババがいるということなのだろう。どれなのかはまったく、わからない。
      「人の生き方を決めるのは人間だけど、神様だってどこかできっと生きていて、人々の営みを必ずどこかで眺めてる」
      「人間は神様のモルモットということかい?」
      「私たちがモルモットに対してどんな期待をしているのかにもよるわね、それに対する回答は」
       ババを引いた。つらい。
      「石生さん的には、世界にはどんな種類の期待があるんだい?」
       美雨くんはいったんババ抜きをやめて、彼の注文していたオレンジジュース氷抜きの紙コップを手にとり、その色の薄い唇をストローにふれさせた。
       彼のジュースをすする音に負けないように、力を入れて私は発言する。
      「期待されるべき期待と、裏切られるべき期待よ」

       史恵ちゃんとの海デートのことを報告するべく、私は美雨くんをデートに誘った。場所は、明ちゃんと一緒に来た商業施設。
       階段から落ちて、有林さんと明ちゃんと出会って、ジェノサイド赤ちゃん。史恵ちゃんと出会って、彼女が治くんのことを好きだと思ったら、史恵ちゃんは明ちゃんのことが好きで――。
       いろいろあったけれど、どうにか落ち着いた。彼への感謝も込めて、私はこの物語を、彼に語ることで終わらせたかったのだ。
       美雨くんが首をかしげる。
      「期待されるべき期待、か……。頭の頭痛みたいで、あまりしっくり来ないと思われてしまうかもね」
       彼が理解できていないとは言ってないので、おそらく彼は、私の言おうとしていることをなんとなく察してくれているのだろう。
       けれど彼は、私の口から私の思想が語られるのを待っているような目をしていた。私は応える。
      「この人ならこんなことをしてくれるはずだという期待。けれどそれは、予測通りであることと、予想を覆す結果を招くというふたつにわけることができる。物語を読んでいるとあるでしょう?まさかこんなことになると思わなかったというような衝撃的な結末を目の当たりにしても、私たちは楽しむことができる。そうかと思えば、私たちは予想通りの結果ですら楽しむこともできるの。やっぱりそうなったか、あるいは、このキャラクターならやってくれるはずだというような想い。私たちは、やっぱりな、そしてまさかそうなるとは、というふたつに快楽を見出すことができる」
       美雨くんがストローをくわえる。ジュースを吸うことはせず、その口のまま、彼はしゃべった。
      「神が人間に期待しているとしたら、それはどちらの期待だろうね?彼らの思うように動いてくれることを期待しているのか、反対に彼らの意図に反して、予測できない動きをしてくれるのを望んでいるのか」
      「たぶん、両方。厳密には、神によって期待が違ってる」
      「期待が違うっていうのは?」
      「従属を望む神もいれば、裏切りを望む神もいる」
      「なるほど」
       気づくと、私の手札は残り2枚になっていた。彼がカードを引く。1枚になる。彼の引いたカードが、彼の手札の一枚と一緒に捨てられる。彼の手には、ババだけが残っている。私がこれを引けば、負け。
      「はい、期待通り」
       美雨くんが笑った。ああ、また負けたのか。
      「美雨くん、イカサマしてない?」
       私は彼に聞いてみる。
      「僕は真剣に、石生さんと向き合ってるつもりなんだけどね」
       彼がジュースを飲み終えて、ストローを口で弄んでいるのを視界の端にとらえつつ、私はポテトの袋をひっくり返す。数本残ったポテトが落ちてきて、私はそれを拾って口に運ぶ。彼の分を残さなかったけれど、まあいいだろう。
      「これからどうするの、石生さんは?」
       これからっていうのは、どのことだろうか。
       私が口を開けたままにしていると、彼が「エキス提供のことさ」と付け加えた。
       私はそれを聞いて座りなおし、紙ナプキンで指と唇をふく。
      「続けるよ、これからも」
      「どうして?」
      「私が、女の子たちの人生を証明するために」
       彼は黙って私を見つめている。
      「それに、お金も入ってくるしね」
      「それもそうだね」
       うふふ。彼は声に出して笑った。
      「お金が必要なの、石生さん?」
      「別に困ってるわけじゃないわ。けど」
      「けど?」
       私は立ち上がって、ゴミだけを乗せたトレーを持つ。美雨くんは、トランプをケースにしまう。
       私は言った。
      「おごられてばかりじゃ、嫌だからね。たまには美雨くんに私がおごらないと。そのための、お仕事」
      「楽しくやれるなら、よかった」
       彼は片づけたトランプのケースを、私の手にあるトレーの上に乗せる。いや、これ今から捨てるんだけど。
      「勝ち逃げしたいんだよ、僕は」
      「なにそれ」
       私が笑う。彼も笑う。
      「僕が勝ったまま、トランプを捨ててしまいたいのさ。いつ負けるか、わからないからね」
       そういって彼は、私の手からトレーを奪って、店内に設けられたゴミ捨て場へと歩いて行った。私がその背中をぼうっと眺めていると、彼はざらざらとゴミを捨て、丁寧に紙コップを分類して、トランプを何事もなかったかのように捨ててきた。手ぶらで彼が戻ってくる。
      「もしまたやりたくなったら、今度は石生さん持ちでトランプを買ってきてくれればいいよ。いつでも受けて立つからさ」
       そういう割には自分で調達した分は捨てたのか。よくわからない部分がたくさん残ってるな、彼は。
       今回の件で親密になった気になっていたけれど、まだまだ彼についてわからないことがあるみたいだ。当然のことでは、あるけれど。
      「さて、石生さん。このあと、どうしようか」
      「このあと?」
      「そう、このあと。今から」
       私は少し考える。美雨くんは、水色のシャツごと両手を細身のジーンズのポケットに突っ込む。私は明ちゃんのことを思い出した。
      「映画が観たい」
       私が言うと、美雨くんが間髪入れずにつっこんできた。
      「ジェノサイド赤ちゃん?」
       それはもういいかな。
      「明ちゃんが、今度治くんと観に行くらしいから、少し気になっちゃってね」
      「へぇ、どんなジャンル?」
      「恋愛もの」
       美雨くんは「なるほど」とつぶやく。そしてにこりと笑って、私の背中を軽く押して店を出る。
       近くにあるゲームセンターの音が少し耳障りだった。

      「ねえ、美雨くん」
      「うん?」
       私は背中を押す彼の方を振り返ることなく、惰性で映画館へと足を動かしながら、なんとなく脳裏をよぎった史恵ちゃんとの会話を思い出す。
      「恋愛映画ってさ。恋人と観るものなのかな。それとも、恋人になりたい相手と観るものなのかな」
       彼は笑った。耳元で声が聞こえる。
      「馬鹿だなぁ、石生さん」

      「誰でもいいんだよ。好きな相手ならね。だって僕たちは、今石生さんが提示したどちらにも、当てはまらないでしょう?」
       私も笑った。

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